椅子取りゲーム

「自分で自分の墓穴を掘る」
というタイトルでも良かったかもしれません

墓穴を掘る、とは意味が違うかもしれません
意図しないで自分の言動が自分に帰ってくる
という意味ではなく、そのままの意味です

ひとつ前のブログからの続きのようなお話しです
「人口減少って」

「大抵の日本人は口先だけで、責任を負う事を毛嫌いする」
と書きましたが、そうした国民性の為に
今のように衰退した日本があるようなものです

加えて日本人は貧乏神を崇める
前のブログにも通ずるかもしれない事の説明かもしれません

まずはそれから

ブルシットジョブは少し前にも話題になっていましたが
何の成果にも繋がらない、どうでも良い仕事など
建設的でも効率的でもなく、むしろ他人の足を引っ張る仕事
そうした「お仕事ごっこ」を崇める傾向があります

そうした職業をレベル分けして賃金を決めていくようにしないと
どうでも良い仕事が蔓延します

これも少し前に話題になりましたが
エッセンシャルワーカーが低賃金で過酷な環境で働かされている
と言われています

例えば「お笑い」とか「芸能」というのがあります
崇め奉られているように感じませんか?
ごく一部の人間が富の多くを手にしている
そうした業界の代表格のように感じませんか?

日本の文化の代表かのようにすり込まされて
どうでも良い仕事、業界に富が集中するようになっています

アートや芸能などは
このストレスの多い社会、生活の中では
心のオアシスである、心の余裕に繋がる
庶民の心の拠り所でもあり、慰めでもある
確かにその通りですね、ですが
それがあまりにも誇張され、さも人々の心を救って
世界平和にでも繋がるかのような……

多くの人はそうした事にとても敏感です

東日本大震災の時に著名人が被災地に赴いて
支援活動をされたりという事がありました
個人的な承認欲求を満たすかのように捉えられてしまった
ネットでも叩かれるようになった

歌で人々の心を励まそう、そう思うのが悪いわけではありません
お笑いで人々の心を明るくしよう、悪い考えではありません

では実際のところ、それが可能ですか?
自分の身になって考えられないのかもしれませんね
家を失ったり、家族や友人を失ったり
歌で家が建ちますか?お笑いで亡くなった人が帰ってきますか?

才能を活かした職業に就くのは正しい事だと思います
それで生計を立てるのもいい事ですね
ただ、それは周囲からヨイショされてまで
素晴らしい職業なのでしょうか?
むしろそうした過酷な状況の中では
エッセンシャルワーカーのような立場の人達こそ
生活を支えるインフラ整備に関わる現場の人達こそ
良い待遇を受けるに相応しい職業ではありませんか?

そこで私達自身、立ち止まってよく考えて
今、自分が就いている仕事が
世の中で、社会的にどれほど貢献できているか?
実は他人の足を引っ張る事の方が
貢献する事よりも大きいのではないか?
人口減少していく中で、それを真剣に考えないと
日本を発展させていくどころか
維持する事さえままならない地点まで来ています

このブログのタイトルはまた次に説明したいと思います